目の縁が強調された正面向きの聖母像、陶磁器の風合いを見せる華やかな衣装の貴夫人や翼を広げた天使。また左横向きの人物の目はいつでも問いかけている。
画廊に所属した時期を除くと、グァッシュの題材に共通する人物画が油彩の作品の多くを占めている。「第二のユトリロ」と呼ばれながらも、自由の身になった画家が風景画をほとんど残さなかったのは、画材にこと欠いたからだけではないだろう。「月の光の住人たち」と名付けられた作品は、いつも単身で描かれる人物たちがここでも皆それぞれ虚空を見つめ静かに微笑んでいる。
繰り返し描かれた人物画のなかにあって、異彩を放つのが1967年、三日三晩描き続け一気に完成させたというブルターニュ風の衣装をつけた老婦人の像である。モデルはいなかった。画風は他のクートラスの作品とはまったく異なっている。たった一点だけ、他の何ものにも似ていない作品を描き、それ以降ただの一点も同じようなものをつくらなかった、この「ブルターニュの老女」には特別な意味があったのかもしれない。