Journal
2020.05.20

Vol.4
岡野晃子

静岡県三島近郊にあるクレマチスの丘には、広大な敷地と豊かな自然、その起伏を生かして、ベルナール・ビュフェ美術館、ヴァンジ彫刻庭園美術館、IZU PHOTO MUSEUMという三つの美術館が配されています。素晴らしいコレクションと企画展に、県外からも多くの鑑賞者が訪れています。 2016年3月にロベール・クートラスの展覧会を行ったベルナール・ビュフェ美術館の副館長、岡野晃子さんにお話を伺いました。
(2015年11月に、ロベール・クートラス展を開催したGallery SUの会場にて)

カルトの作品集『僕の夜』から
クートラスとの最初の出会いは、当館のミュージアムショップに置かせていただいたカルトの作品集『僕の夜』(エクリ刊)でした。小さいながらも存在感のある本で、当時クートラスはまだあまり知られていませんでしたが、来館者や作家さんたち、特に画家の方々が興味をもたれているのが印象的でした。こんなにも多くの人の心を掴む作家の作品を実際に見てみたいと思っていたとき、クートラスの本を出版されたエクリの須山さんに、ギャラリーSUさんをご紹介いただきました。ギャラリーでは、カルトだけでなく、グアッシュや油絵、指でつまめるぐらいの小さなテラコッタ作品なども拝見させていただき、中世、ときには太古を感じさせる画風と、ユーモアに溢れた、悪戯好きのクートラスのまなざしにすっかり魅了されてしまいました。

ビュフェとクートラス
ベルナール・ビュフェとロベール・クートラスは2歳違い、ほぼ同時期にパリに暮らし、絵を描いていた画家同士ですが、画家のあり方としては対極にあったと言えると思います。ビュフェが第二次世界大戦後の社会を描き出した「時代の証人画家」であった一方で、クートラスはフランス文化のもっと奥深いところを見つめていたように思います。 私どものベルナール・ビュフェ美術館は、2013年に開館40周年を記念し、美術館の建物と活動内容の全面的なリニューアルをして、ビュフェだけでなく、さまざまな時代、文化に生きる画家を紹介する企画展を行うことを館の新しいミッションとしました。リニューアルオープン後の企画展を構想していくなかで、クートラスの作品や岸真理子・モリアさんとの出会いから、ビュフェとは全く異なる画家としての人生を歩んだクートラスの作品をぜひ当館で紹介したいという思いが生まれました。

岸真理子・モリアさんとの出会い
『僕の夜』のあとにリトルモアから出版された岸真理子・モリアさんの『クートラスの思い出』を読んで、真理子さんの遺作管理人としての生き方、作品と向きあう姿勢にも興味がありました。そのとき、すでに東京の松濤美術館でのクートラス展の開催が決まっていて、展覧会の準備で来日されていた真理子さんに当館へお越しいただく機会に恵まれたのです。私は公立の美術館ではなく、祖父個人の思いからつくられた美術館で仕事をしていて、ビュフェの作品をどう残していくかを絶えず考えています。そのことについて、あまり人と話す機会はないのですが、真理子さんとは一目お会いしたときから、「あなたなら分かっていただけるでしょう」と共感しあうことができ、何でも相談できる家族のような、不思議なご縁を感じました。真理子さんのように、作品の管理だけでなく、本の出版から展覧会の開催に至るまで、クートラスの作品を知ってもらうこと、人の心に届けるところまで、いつも全力で関わっていらっしゃる、そのお姿から学ぶことは多いです。

作品への愛
パリ郊外のボワルロワの真理子さんのご自宅は、まるでクートラスの美術館のようでした。クートラスの息遣いが聞こえてきそうな親密な空間で、そこは作品への愛に満ちていて、真理子さんだけでなく、ご主人のベルトランさんとお二人で大切に作品を守り、管理されていることが伝わってきました。真理子さんとお会いする少し前に、あるトークイベントで、画家の小林正人さんのお話をうかがう機会があったのですが、そのとき小林さんが「絵は物だから、いつか壊れてしまう、でもその絵を大切にしてくれる人がいたら、ちゃんと修復してもらうことができる。絵は一人の力では残っていくことができない、つまり絵画は愛なのだ」とお話しされていて、ボワルロワで真理子さんとクートラスの関係を目の当たりにして、本当にそうだなと、あらためて思いました。

また真理子さんのご自宅では、クートラスの作品だけでなく、彼が好きだったものや本なども見せていただいたのですが、そのなかでも印象に残っているのが、『木を植えた男』の著者としてよく知られているジャン・ジオノの、日本ではまだ翻訳されていない“LE DESERTEUR”(脱走兵)という本でした。民衆芸術のアール・ポピュレールの作家がイラストを描いている美しい本に、木の葉がしおりのように挟まれていて、クートラスがこの本をとても大事にしていたことが伝わってきました。この本の内容を理解したいと思い、パリ市内の古本屋を幾つか訪ねたところ、一軒目の古本屋で、偶然にも同じ装丁のものに出会うことができ、何か運命的なものを感じました。ビュフェは1950年代前半にジオノと交流があり、共同で挿画本を制作しているのですが、この一冊のジオノの本を通して、ビュフェとクートラスがつながっていくように思いました。

ビュフェ美術館のクートラス展
2016年3月より、ビュフェ美術館で開催されるクートラス展では、カルト、グアッシュ、テラコッタ、スケッチ、これまで公開されてこなかった画廊時代の油彩作品なども展示する予定です。クートラスのアトリエの空気感を感じていただけるような、さまざまな角度から、クートラスの世界に触れられるような展覧会になればと思います。
当館でクートラス展を開催できるのも、真理子さんをはじめ、クートラスの作品を大切に思い、作品集を出版したり、展覧会を開催してこられた方々のおかげです。このクートラスをめぐる輪をさらに広げ、次へつないでいけるよう、学芸員たちと力をあわせて、いつまでも記憶に残るクートラス展となるよう取り組んでいきたいと思います。

岡野晃子(おかの・こうこ)
1973年生まれ。コロンビア大学Teachers College美術教育学修士課程修了。2003年よりベルナール・ビュフェ美術館およびヴァンジ彫刻庭園美術館副館長。2009年よりIZU PHOTO MUSEUM館長。
https://www.clematis-no-oka.co.jp/

写真:平地勲